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5
酒宴は深夜まで続き、お開きになった時には、深夜になっていたので、皆みんなタクシーで帰るのだった。 タイ滞在最後の夜、健一は千恵子の夢を見るのだった。 場所は良くわからない。 ただ千恵子が笑顔で手を振っているのがわかる、健一は近づこうとも決して近づけない。 しばらくして、ふとにぎやかな音が聞こえたかと思うと右上に“大金行”の大きな看板。 「チャイナタウン?」ふと前を見ると、チャオプラヤー川の前であった。 日本への帰国の日、健一はバンコクの街中を出来るだけ記憶に留めておこうと必死で見渡 そうと努力した。 午前中に、健一のわずかな手荷物を、城山源次郎に頼んで“居酒屋 源次”に預けた後、 昼食は、居酒屋源次近くの屋台で食事。 その後は国立競技場の近くのショッピングセンターに向かい、最後の買い物。 今まで、何気なく立ち寄ったところ一つ一つが、もうしばらく行く事が無いと思うと過去の思い出が自然によみがえってくる。 ファランボーンの駅近くのカフェで、しばしの休憩をし、夕方になると最後にとって置いたチャイナタウンへ。 正に昨夜夢で出てきた風景をリアルに見ながら、一つ一つの光景を忘れないように目に焼き付けていく。 そして最後は、やはりここチャオプラヤー川の辺にであった。 夕焼けに赤く染まる変わらぬ川の流れを見ながら一人でつぶやく健一。 「今度はいつ来れるのだろう。でも絶対戻ってくるよ。多くのみんなに会う為に。 それから、千恵子。俺は日本でもう一度再出発するからな。今度こそ頑張る。泰男も立派に育てていくからな」 『おーい、大畑さん!』健一を呼ぶ大きな声。 そのまま声の方向に振り向くと、久しぶりに現れた本松和武の姿であった。 「ああ!和武君。お父さんは?」 健一の問いかけに、和武は少し憮然とした表情をしながら、 「私一人です。もう子供じゃないですよ。一人前の大人ですから」 「ああ、そうですね。失礼。実をいうと僕は、この日の深夜日本に帰るんです。 ですから最後にこの川に別れを告げに来たんですよ」 「その話は知っていますよ。実は城山源次郎さんから壮行会への話が私たちにも来たんです。 でもトレーニングもあって、その日は残念ながら行けなかったんです。 ですから、今日は昼間からここに来て、『大畑さんは必ず来る』と確信して自主トレをしていました。やはりその通り。大畑さんには私がまだ本当に小さい子供の時からいつもこの川でお会いしていましたので、父とは違う意味で大畑さんに私の成長を見てもらったような気がしているのですよ」 健一は、わざわざ自分のために昼から待ってくれた本松和武に対して嬉しくて仕方が無かったが、 2・3日前から泣き続けた為なのか、この時は、涙が出る様なことは無かった。 「ありがとうございます。僕は必ず戻ってきます。恐らくこの川のほとりで、またお会いしましょう」 「ぜひ、日本でも美味しいタイ料理を作ってください。ちなみに私は来月いよいよチャンピオンに挑戦します」 「そうですか、少し離れたところ、目的は違いますが、お互い頑張りましょう」 と言いながら、健一は和武に握手を求める。「ええ」といいながらトレーニングで岩のように硬い和武の手と、 こちらも料理を作り続けているために硬くなっている健一の手同士が強く握手を交し合う。 本松和武と別れ、いよいよ帰国に向けて動き出す健一には、この地を去ることへの寂しさも去る事がながら、 新しい日本での仕事・生活への期待のほうが高いのであった。 夕食を取り、居酒屋源次で、荷物を引き取りビール一杯を飲み、源次郎と最後の別れをしてタクシーで空港へ。 空港に来ると、健一の心の中に再び寂しさが襲ってきて胸を痛めるのであった。 こうして深夜、日付が変わる直前の、バンコク発大阪関西空港行きの飛行機は、 新たな人生を踏み出す健一を乗せて、夜景の光り輝くバンコクの空を、 何事も無かったように離れて行くのだった。 修行編 完
4
「とりあえず座って。この後は食事会だ。今日は作らなくてもいいぞ、今回の主賓はお前だからな」 モンディは健一にそういうと、使用人の一人を呼び指示をする。 しばらくして、テーブルにさまざまな料理が運ばれ食事会となった。 この日は、ビールも用意されたので、食事会というより簡単な酒宴となった。 シーダマンもモンディもその他一門の重鎮たちも、先ほどと違ってみんな顔が和やかになった。 お互いが久しぶりに会うこともあっったのか、楽しそうに近況などを語り合っていた。 モンディも普段めったに口にしないビールを飲み「日本で頑張れー」とねぎらいの言葉を健一に浴びせた。 講師サパトラも引き続いて同席し、健一の横に座って、最初に健一がサパーン料理学校に来てから、今までの思い出を語り合うのだった。 「先生にも本当にお世話になりました。私はまた戻ってきますから。と健一はサパトラに約束するのだった」 夕方、会は終わりシーダマン大師以下、全員が料理学校の入り口まで健一を見送ってくれた。健一はただ頭を下げ続けてタクシーに乗り込むのだった。 タクシーには吉野も同乗した。「びっくりしましたよ。いきなり大師たちの後ろにいるんですから」 「いやあ、大畑君の方がすごいですよ。実はサパトラ先生あたりから、今日のことを聞いていましたので、記録写真を撮らせて欲しいと依頼したらOKが出たのです。 皆さんの立場について、詳しくはわかりませんが、最初の緊迫した雰囲気、特に大師には なんともいえない“オーラ”には圧倒されましたので、やや写真がブレていないか心配です」 「で、この後の源次でも、僕の記録写真を撮るのですか」妙に気合が入っている吉野に対しに半ば呆れモードの健一。 「ええ、撮りますけどあそこはまあ半分酒も飲みますからね。最初の部分だけ気合を入れて撮ろうと思ってます」 やがて、居酒屋源次に到着。 2人が中に入ると、「おー主賓が到着しました」と大きな源次郎の声に続いて拍手が沸き起こった。ふと振り返ると後ろでは早速カメラを構える吉野。 健一は戸惑いを隠せずにいるのだった。 店内には、オーケン土山や今月ようやくチェンマイから戻ってきた天田弘久。さらに、青木貿易の中堀幸治に原澤夫妻も駆けつけてくれて、総勢十数名のお客さんが健一のために集まってくれるのだった。 カウンターの真ん中に座った健一に、早速ビールが注がれ、源次郎の音頭で、乾杯が行われ、壮行会が始まった。 「いままで、きつい事を行ったかと思うが、同じ企業戦士、社会人として日本でも頑張ってくれ、特に国沢さんの様子も落ち着いたら見てやってくれ」タバコを片手に、ウイスキーを煽る天田。 「大畑君がいなくなるから寂しいなあ。でも日本で頑張ってな。僕、日本に戻る時には絶対にお店行くわな。それにしても、5年間修行し続けた大畑君は、やっぱり『エライ!』」 オーケン土山も感慨深いのか途中から目が赤くなってきた。 「料理学校設立のときは、本当にお世話になりました。おかげで2期生も順調です。 来年は、登美子のカービングクラスも来年早々始める事になりました。どうもありがとうございました」酒宴にもかかわらず、堅苦しく挨拶をする原澤由紀夫。横にいる登美子は、それを無視して、参加者にお酌をして回る。 「みなさん、ありがとうございます。 僕は一旦このバンコクの地を離れますが、おそらく、いや必ず戻ってきます。 短期間になるかもしれませんが、タイ料理人として定期的にこの国の空気を感じないといけないと思いますから。 特に源さん、僕の居場所がなくならないようにお店はずーと続けてくださいね」 健一に、言われ、早くも涙もろくなる城山源次郎。 「俺も年だけど、健一君がいつ戻って来ても、いいように店を続けるよ。寂しいけどがんばってね」 「あんたは絶対成功する。日本でも、わいの所の商品も使ってな」と、 酒が入ったためか横で、半ば冗談めいた言い方の中堀。 「おまえ、こんな時に何くだらないこと言ってんだ!」「ああ、すんまへん。商売人やさかい」 源次郎が泣きながらたしなめるものの、 最近は、お互いが言い合えるほど仲良くなっていた2人だったので、 健一の目からは掛け合い漫才を見ているように見えるのだった。
3
夕方は、ターベチェンマイのバンコクサイアム店に最後の挨拶。中に入ると、社長のウイチャイが自らで迎えてくれて、社長と店長の2人の同席で、送別の食事会を開いてくれるのだった。 スタッフが心なしか寂しそうな表情で仕事をしているように健一は見えてしまう。 帰り際、健一は、スタッフ一人一人に 「また戻ってきますよ」と握手をしながら最後の挨拶をするのだった。 健一が店を出ると、ウイチャイに呼び止められた。 「大畑、チェンマイでお前に初めて会ったときから、お前のことを非常に期待していたんだ。実は俺の父が戦争でやってきた日本の兵隊さんと、非常に良いかかわりがあったことを、よく自慢していた。 そのため、俺は日本への興味をずうっと持ち続けていた。妹も日本人と結婚して東京へいったし、お前のような優秀なものにも出会えた。非常にいい縁を感じている。 日本で何か困ったことがあればいつでも戻って来い。俺はいつでもお前を迎え入れてやるからな」というと、背中を軽く2度たたくのだった。 健一は振り返って、「コープンクラップ(ありがとうございます)」小さく両手を合わせて、 再度ウイチャイに背を向けると、健一の目には、今まで我慢して溜め込んでいた涙を抑えることなく出し尽くすのだった。 翌日は帰国の前日。 健一は、午前10時にモンディの指示でサパーイ料理学校に向かった。 講師サパトラが健一を出迎えてくれたが、健一が今まで見たことの無いような正装姿に、「まさか!」とあることが頭によぎるのだった。 一瞬にして手のひらが濡れてきた。「モンディ先生への帰国の挨拶なので、一応スーツ姿で来たものの、まさかあの方が!」 中に入った健一は、その予感が見事に的中するのを確認した。 調理室の中にある大きなテーブルの奥の真ん中にあのシーダマン大師が、座っているのだった。 大師の左側にはモンディが、右側には健一が始めて見る年配の男性の姿が、さらに左右両側の隣にも見知らぬ男性が正装をして座っていた。 後ろには、シーダマンの邸宅に訪問したときにもいた使用人が立っていたが、その横になぜかこの雰囲気には似つかわしくない、カメラを持った日本人がいた。それは吉野一也の姿であった。 「大師が、直々にこんな所にまで来られて、私も緊張しているのよ」心なしか表情の硬いサパトラ。 長いテーブルのいちばん手前、シーダマンからいちばん遠いものの、真正面の位置に健一は座った。 「今日、大畑に来てもらったのは、明日お前の母国の日本に帰国すると聞いたからである」モンディが大声で、形式ばった言い方であった。 「わが師シーダマンが、大畑が日本でタイ料理人としてこの国の文化を広める意味も込めて、今回特別に第15番目のシーダマン大師の直弟子の認定をすることになった。これは、かつてオーストラリア、イギリスの両国に続いて外国人では3人目。我々タイ人と同じ髪、目、肌の色をしているアジア人の外国人では初めてである」 健一は、いったい何が起きているのか良くわからず、横にいるサパトラの顔を見る。 サパトラは、ヘアバンドを少し手直ししながら小声で、「大畑、あなたは凄いわね。今回シーダマン大師の直弟子として認められたのよ。モンディ先生の弟子ではあるけど、タイ料理界の神シーダマン大使の15人しかいない直弟子の一人として、モンディ先生の兄弟分ということになるのよ。凄い名誉なことよ」 ようやく自分の状況・立場がわかった健一は、 大声で『コープンクラップ』と両手を合わせて何度も頭を下げるのだった。 それを見ていた、モンディとシーダマンはお互いに顔をあわせて大笑いする。 「大畑、調理場以外ではまだ緊張癖があるようだわね。まあいい、日本でタイ料理と文化を広めてるように」モンディがそう言い終ると、席を立ち健一の元に行くと、タイ語でかかれた認定書とバッチを手渡した。 「そのバッチはシーダマン一門の直弟子の証。おまえもモンディ以下、ここにいるものをはじめとする直弟子の一員であると同時に、われらのファミリーでもある。だから、日本で何かあったら何でもモンディに相談するが良い」シーダマンがゆっくりとした口調で、しゃべり終わると、健一は慌てて立ち上がり「ありがとうございますといいながら、昨日に続いて涙が零れ落ちるのだった。
2
この後、2人で残りの遺跡を回るのであった。 吉野は一つ一つの遺跡を時間をかけて撮影していく。この間健一は、今後について一人で考えを巡らせているのだった。 一通り、遺跡を見終えた時には、夕方になりかけていた。 気が付けば健一は有意義な一日を過したという「満足感」に心が満ちるのであった。 吉野とピサヌロークに戻り、オーケン土山から聞いたお勧めの食堂へ、夕食を取ることにした。 川に浮かべられた大きな筏のようなレストランで、料理を食べていると、健一の頭の中では整理が付いていき、 “結論”が見えてきたように感じた。「タイ最初の王朝の遺跡は素晴らしかった。これで思い残すことはなくなった。 そろそろ泰男にも会いたくなったし」 「吉野さん、今決めました。僕、やっぱり日本に帰ります」 吉野は笑顔でうなづき、「東京なんですね。日本でもよろしくお願いします」と軽く頭を下げながら頭の中で考える。「彼の日本での活躍は非常に楽しみだ。これは、これから彼の記録をとり続けよう」 バンコクに戻った健一は、社長のウイチャイに日本に帰る事を告げるのだった。 ウイチャイは、残念そうな表情で、「うん、仕方が無い。わかった日本のカニタに話をしよう。原澤には私から伝えておく」 日本への帰国は、8月下旬。残り3週間ほどの滞在となった。健一は日本の母京子にその旨を連絡。泰男を再度引き取り東京に戻る事を伝えると、「わかったわ、泰男の転校の手続きとかはこっちでやっておくから、あっそれから東京の福井のおばさん。真理にも伝えておくから」と言ってくれた。 バンコク滞在の残り期間は、引継ぎや報告などの日々が続き、非常に忙しくなった。 料理学校を一緒に立ち上げた原澤由紀夫への引継ぎや、モンディ師へ日本への帰国の報告。 そして、健一にとって最も言いにくかったのは、”居酒屋 源次”の城山源次郎であった。 「源さん。僕は日本に帰ることになりました。 ごめんなさい。またしばらく来れなくなりますが、必ず戻ってきますので」 源次郎は、ゆっくりと静かに口を開く「そうか、仕方ないね。いつかこういう日が来るとは思っていたよ。俺のことは気にするな、それよりも健一君がタイでパワーアップした姿を日本で見せつけてやれよ」 年々お互い涙もろくなっているらしく、2人とも涙が止まらないのだった。 「あっ壮行会やろう。健一君の日本での活躍を祝して、みんなに声かけるよ」 健一の帰国が5日前に迫った日、サパーン料理学校の講師サパトラを通じて、モンディ師からの伝言を受け取るのだった。「帰国前日の午前10時に料理学校に来るように」とのことであった。「師匠やサパトラ先生には本当にお世話になったから最後にきっちりと挨拶をしなければ」健一の気持ちが引き締まった。 この頃になると、引継ぎも終わり、日本への引越しなどの手続きも大詰めを迎えたので、最後の挨拶に奔走しはじめた。 帰国2日前の午前中は、健一をチェンマイのターベチェンマイに導いてくれた青木貿易のバンコクの事務所へ。日々タイ国内を走り回っている。中堀幸治も事務所にいたので、お別れとお礼の挨拶をする。 中堀は、もはや毛の生えることもないと思われる頭部をゆっくりとさすりながら、「そうか、健一君いよいよ一人前やなあ。あんたが、ノンカーイで鍋屋やっておった時のことが思い出すなあ。日本の連中らに健一君の実力を見せなあかんで」と力強く見送ってくれた。 午後は、ターベチェンマイクッキングスクールへ。原澤夫妻をはじめ、先月まで一緒に仕事をしたスタッフたちに最後の挨拶。 拍手で見送られ、スタッフから花束。原澤登美子から水彩で書かれた絵を一枚頂いた。 絵はファランボーン(バンコク中央)駅。 健一は、この5年間この駅での数々の出来事を思い出すと、感極まってついに涙が出てしまうのだった。
1
大畑健一の乗せた列車が、「ピサヌローク」の駅に近づいていくと、車掌さんが連絡をしてくれた。 これはチケットの検札時にあらかじめ教えてもらうように念を押したからであった。 駅に着いた時には、外には夕暮れが迫ってきた。 スコータイ遺跡の観光は明日にとって置くこととし、この日は街中の安宿を探して、そこで1泊した。 翌朝、前の日に早く眠ったのが良かったのか目覚めが良い。 朝食を市場の屋台で軽く済ませてからスコータイ行きのバスに乗った。 地元のバスは、車体がとにかく派手で、車内は、運転手の好みなのか?タイの演歌が大きなボリュームで響き渡る。 健一の姿を見て、明らかに旅行者がスコータイ遺跡を見に行くことがわかったのだろうか? 通路を挟んだ隣の席に乗っていた地元の学生らに「スコータイハ、ココダヨ」と教えてくれたので、 両手を合わせ“ワイ”を行い「コープンクラップ(ありがとう)」 とお礼を言ってバスを降りた。 入口の料金所のところにレンタルサイクルの店があり、自転車を借りて見学を開始。 いきなりスコータイ遺跡を紹介した本などで紹介されている仏像や仏塔などが立ち並んでいた。 健一は、元中国史の研究者という経験から、一つ一つを丁寧に見学し、メモをキッチリと取りながら 「アユタヤと違って破壊されなかったとはいえ、見事なまでの造形美だなあ」と研究者の気持ちで感心し切るのだった。 特に、スコータイ遺跡の中心を取り囲んでいる城壁の北側から少し離れた所にある、“ワットシーチェム ”には圧倒されるのだった。 ここは屋根のない石の大きな壁に取り囲まれたような狭い空間にある大きな石仏が鎮座し、表現のしようのない感動を健一に与えるのだった。 歩き回って、少し疲れた健一は、スコータイの公園のベンチで少し横になった。 何も考えずに公園の芝生を見ていると、遠くに、黒髪を靡かせた千恵子らしき姿が見える。「あれ?夢??」不思議な感覚の健一であったが、さらに、その千恵子が泰男らしき子供と手をつないでいるように見えるのだった。しかし、直ぐに幻が消えたかと思うと、目の前にはただ芝生が見えるだけであった。 「あれ?そこに居るのは大畑君?」健一を日本語で呼ぶ声がしたので、慌てて起き上がると、目の前に、黒い後ろ髪が結ばれているのが見える「え?千恵子??」と一瞬思って慌てるが、落ち着いてよく見ると男性であり、カメラのようなものを持っていた。その瞬間にシャッター音が!吉野一也であった。 「ああ、ええ?吉野さん??また僕の間抜けなところを撮られちゃった」 「いやいや、こんな所にまさか大畑君がいるなんて」吉野も驚いた表情をしていた。 「うん、ちょっと休暇を貰ったもので、吉野さんらのお勧めのスコータイに来たんです。やっぱり写真で見るのと実際に見るのは大違いですね。みんなが言うとおり『素晴らしい』の一言に尽きますね。でも吉野さんは確か井本とスリランカに行ったのでは?」 健一の問いに、少し笑みを見せる吉野。 「スリランカには井本さんと確かに行ってきました。3ヶ月ほど滞在後、彼は研究のために日本の大学に戻りましたが、私は急ぐ必要も無かったので、どこかに寄り道をしようと思ってチェンマイとこのスコータイに再度遊びに来たんですよ。スリランカの仏像とも比較したかったので」 「そうだったんですか。実は、僕休暇を貰ったのは理由があって」と健一は、日本に戻るべきかどうか迷っている事を吉野にしゃべるのだった。 「難しいところですね。私がこの問題に結論を出す事はできませんが、逆に何も考えずに直感で動いたほうがいいのではないでしょうか?」 吉野のわかるような、わからないような回答に「はあ~」と気力の無い返事をする健一であった。
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